京都地方裁判所 昭和32年(タ)30号 判決 1958年9月08日
原告 長尾加津子
被告 ロバート・ジヨン・カルソー
主文
原告と被告とを離婚する。
訴訟費用は被告の負担とする。
事実
原告は主文と同旨の判決を求め、その請求の原因として、
一、原告は日本国国民で被告はアメリカ合衆国国民である。
二、原告と被告とは昭和三十一年(一九五六年)七月二十七日神戸市生田区長に婚姻の届出をなし且つ同日神戸市所在の米国領事館の結婚証明を受けたものである。
三、原告は昭和三十年八月初頃、当時米国軍人として日本国に駐留し京都市伏見キヤンプに勤務していた被告と知りあいその除隊後右婚姻の手続をなした上同市伏見区深草野手町十一番地において夫婦生活を営んでいたものであるが、被告は昭和三十一年八月七日一まず米国に帰えることとしその際四ケ月以内には必ず原告を米国に引取り同地で生活できるようにする旨確約し、帰国後原告の米国入国に必要な書類一切を送付するとのことであつたので、原告は右書類が着き次第直ちに渡航すべく旅券の交付をも受けてその到着を待つていた。然るに被告は右書類の送付はおろか同年十月頃を最後に以後音信をも絶ちまた原告の生活費も送金してくれない。以上、被告は帰国後変心し外国人である原告との婚姻生活を嫌い悪意を以て原告を遺棄したものというべきだから被告との離婚を求めるため本訴に及ぶ、
と陳述し、立証として、
甲第一号証の一、二、第二、第三号証を各提出し、証人戸田寿雄、戸田きよ子の各証言を援用した。
当裁判所は職権を以て原告本人を尋問した。
理由
一、日本国裁判所の裁判権について、
離婚訴訟において当事者の一方が日本国の国籍を有し他方がこれを有しない場合、その他方も日本国に居住してその領土高権の対象となつているときにはもとより我が国の裁判権を肯定すべきであると共に、その他方が日本国に居住せず、本来日本国の領土高権、対人高権のいずれもがこれに及ばないときであつても、離婚事件についてはその性質上同じく我が国の裁判権を認めるのが相当である。したがつて右後者の場合である本件について日本国裁判所は裁判権を有するものといわねばならない。
二、土地管轄について、
本件においては人事訴訟手続法第一条第一項に該当する事項の存しないこと明らかであるから、後記認定のとおり被告(夫)の日本国における最後の住所京都市伏見区深草野手町の管轄地方裁判所たる当裁判所が右同法第一条第二項による管轄権を有するものというべきである。
三、本案について
さて公文書であつて真正に成立したものと認める甲第一号証の一、第二号証、外国公文書であつて真正に成立したものと認める甲第一号証の二、原告本人尋問の結果によつて成立を認める甲第三号証証人戸田寿雄、戸田きよ子の各証言及び原告本人尋問の結果をあわせ考えると、
(1) 原告と被告とは昭和三十一年(一九五六年)七月二十七日神戸市生田区長に婚姻の届出をなし且つ同日神戸市所在の米国領事館の結婚証明(サーテイフイケイト)を受けたものであること
(2) 原告は昭和三十年八月頃京都市内四条繩手のバアで女給をしていたが当時米国軍人として日本国に駐留し京都市の伏見キヤンプに勤務していた被告と相識り将来を誓う間柄となり、その後昭和三十一年六月一日被告は除隊して一旦帰国した上同年七月再び来日して右婚姻手続を了した後原告と共に京都市伏見区深草野手町十一番地で夫婦生活を営んでいたところ、被告は同年八月七日ひと先ず単身で米国に引きあげることとし、その際帰国後二ケ月以内に原告の米国入国に必要な身元引受証及び被告の収入証明書等を送付し将来共に米国で生活できるようにする旨約したので、原告は右書類到着次第渡航すべく同月十五日旅券の交付をも受けてひたすらその到着を待つていたにもかかわらず、被告からはいつこうに右書類を送つて来ず、原告よりの度々の催告に対しても当初は「すぐ送る」「明日送る」などの返事が来たけれども同年十月以後は音信さえ寄越さなくなりまた初めから原告の生活費なぞ一銭と雖も送金してくれたことがない等の事実が認められ、右認定によると、被告の行為は民法第七百七十条第一項第二号に該当するものといわねばならない。
(日本国民法の右規定が本件につき適用される理由は、日本国国際私法たる法例第十六条第二十七条第三項により本来夫である被告の属する米国コネステイカツト州法に従うべきところ、同州国際私法によれば離婚については当事者双方若くは一方の住所地法が同州の公序に反しないかぎり適用されることになるから法例第二十九条によつて右日本国民法の規定を適用するわけであり、右日本国民法の規定が同州の公序に反しないことは同州離婚法自体悪意の遺棄を以て離婚原因としている点に徴し明白である)
四、(なお人事訴訟手続法第十一条第一項本文によると離婚事件において被告が第一回弁論期日に出頭しないときはさらにその期日を定めねばならないと規定せられており、本件昭和三十三年八月十八日午前十時の第二回弁論期日は前回期日たる同年一月二十二日午前十時には未だ被告に対する呼出状の送達報告書未着のため実質上第一回弁論期日だとなすべきところ被告は右八月十八日の弁論期日に出頭しなかつたものであるが、被告は米国に居住し且つ答弁書をも提出せず原則に従つてさらにその期日を定めたところで到底その出頭を期待しがたいしまた徒らに本訴の遅延を招くにとどまること明白であるから同項但書の趣旨に則りあらためて期日を定めることなく審理をなし弁論を終結したものである)
五、よつて原告の本訴離婚請求は正当としてこれを認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用し、主文のとおり判決する。
(裁判官 嘉根博正)